夜のリビング、路夫君が冷蔵庫の前でポツンと座っています。いったいどうしたのでしよう。そこへお祖父さんの真一さんがやって来ました。

 

真一「路夫、どうしたんだい?もうとっくに寝る時間だろう?」

路夫「おかあさんにすごく怒られたの。だから『晩御飯いらない』って部屋に行ったんだけど。」

真一「なんだ。お腹が空いて眠れないのか。お母さんに言って何か作ってもらったらいいんじゃないかい?」

路夫「いやだよ。だっておかあさんすごく怒ってたからさ。まだきっと機嫌悪いに決まってる。」

真一「そんなに怒られるほど何をしたんだい?」

路夫「怒られると言うか・・・。自由研究の観察が上手くいかないから僕もういやになって途中で止めてしまおうと思ったんだけど、お母さんったらもうちょっと頑張れとか、ああしたら良いとかいろいろうるさいんだ。」

一「そうか。それで?」

路夫「それにお母さんったらさ、本まで買ってきちゃって、あれこれ教えてくれようとしちゃってさ。『もううるさいなあ!ほっといて』って言っちゃったんだ。大体お母さんって僕には厳しすぎるんだよ。お兄ちゃんや仁実には甘いのに。三人もいるんだもの、僕の事あんまり好きじゃないんじゃないかな。」

真一「路夫、それは考え違いだよ。お母さんは路夫がかわいいから途中で投げ出したりさせたくなかったんだよ。考えてごらん。よそのお母さんが路夫にそんな事してくれると思うかい?」

路夫「・・・・・・」

真一「お母さんも、お父さんもお祖父ちゃんたちだってみんなお前たちの事が本当に大事だから、叱ったり、励ましたり、いろいろな事を教えたいって思っているんだよ。」

路夫「・・・・・。わかった。明日の朝お母さんに謝るよ。」

真一「おや?棚の上におにぎりがあるよ。路夫が夜起きてくるってわかってたんだな。やっぱりお母さんだね。さぁ早く食べて寝なさい。」

路夫「うん。僕おなかペコペコだったんだ。」

  

さて、こんな時、論語ではなんて言うでしょうか。

 

 

之を愛して能く勞すること勿からんや。

忠にして能く誨うること勿からんや。

 (仮名論語P204 憲問第十四)

【解説】

 昔の中国のお話で『獅子』(ライオン)は自分の子供を谷底に落として、這い上がってくるように教えた。というのがあります。谷底に突き落とされたらちょっと困るけど、甘やかされてばかりいたら弱い子どもになってしまうよね。大人になって社会に出た時、頑張れない人になってしまうかもしれない。だから本当にその人の事を大切に思っている人は、一所懸命教えたり、時には強く叱ったり、励ましたりするのです。

 それは君によい人生を送ってもらいたいと思う愛情の表れなのです。