子ども部屋で論子さんが路夫君に何か話しをしています。論子さんはあきれ顔。そこにお父さんの貢さんがあらわれました。

貢「二人とも大きな声を出してどうしたんだい?」

論子「だって路夫ったら今度は習字をやめて英語の教室に行きたいって言ってるのよ。」

貢「英語か。いいじゃないか。」

路夫「そうでしょう!これからは英語の時代だもんね!」

論子「別に英語が悪いって言っているわけじゃないのよ。路夫ったらお正月の書初めがへただったものだから、習字を習いたいって言ってこの間始めたばっかりなのよ。それをもう辞めるって。」

貢「そうだったな。来年は絶対、大賞を取るんだって力説してたよな」

路夫「あの時は本当にそう思ったんだよ。友君が賞を取って、仁実にさえ花丸が付いてたのに、僕はその他大勢のところにあったからさぁ。」

路夫「でも、今度はがんばる。だってグローバル社会を生きる僕たちとしてはさぁ」

貢「わかった。で習字はなんでやめようと思ったんだい」

路夫「だってこれからはパソコンの時代だから別に字はへたでもいいかなって。」

貢「路夫、お母さんが怒ったのはそこだと思うよ。自分の言った言葉を恥ずかしいと思わないものが、次の約束を口にしても、またそれをちゃんと出来るかわからないだろう。」

論子「そうなの、路夫ったらすごく上手いこと言うのよ。」

貢「どんなにりっぱなことを言ったってそれが達成出来ないことであれば意味がないんだよ。今度は本当にやり遂げることができるかもう一度よく考えてごらん。それからだな。」

路夫「わかったよ。・・・ちぇ、英語のしゃべれる男子ってちょっとかっこいいと思ったんだけどな。」

論子「えー!強い動機ってそんなこと!?」

さてこんな時論語では何ていうでしょうか。

其の言を之れ怍じざれば則ち之を為すや難し

          憲問第十四 二一二頁

 

解説

 何かを始める時、つい格好いい言葉で、まだ出来もしないことや、夢のようなことを言ってしまったりしたことはないですか。

 はじめは上手くいくと思って『大きいこと』を言ってしまって、後でてきなかったらみんなはどう思うかな。それが大きな話であればあるほど、ちゃんとした計画の無いことは結局うまくいかないものです。

そんな話ばっかりしているとだれも信じてくれなくなります。話をする時はできるかどうかよく考えてからにしましょう。